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仙台地方裁判所 昭和32年(ワ)203号 判決

原告・反訴被告 菅野広吉

被告・反訴原告 国

訴訟代理人 照井清到 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

反訴被告は、反訴原告に対し、別紙目録(一)記載の土地について、昭和十七年六月四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は本訴及び反訴を通じ全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

一、原告(反訴被告以下原告という。)訴訟代理人は、本訴につき「被告(反訴原告、以下被告という)は原告に対し、別紙目録(一)記載の土地の上に建在する別紙目録(二)記載の建物を収去して、右土地を明け渡すこと。石訴訟費用は、被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、若し右の請求にして理由なきときは、「被告は、原告から金七百二十円九十九銭を受領すると同時に、原告に対し、別紙目録(一)記載の土地の上に建在する別紙目録(二)記載の建物を収去して右土地を明け渡すこと。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、反訴請求につき、「被告の反訴請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

被告訴訟代理人は、本訴につき、原告の請求棄却の判決を求め、反訴として、主文第二項同旨並びに訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求めた。

二、原告訴訟代理人は、本訴請求の原因並びに反訴に対する答弁として、

別紙目録(一)記載の土地は原告の所有地であるが、被告は昭和十七年頃から原告に対抗し得る何らの権限もなくして、右地上に別紙目録(二)記載の建物を建築所有し、現に同土地を占有している。よつて原告は、右土地の所有権に基き、被告に対し右建物を収去して同土地を明渡すべきことを求める。

被告主張事業中登記簿上別紙目録(一)記載の土地の所有権が原告名義に登録されていることは認めるが、その余は否認する。

仮りに被告主張のように昭和十七年六月四日原被告間においては右土地につき売買契約が成立したとしても、原告の売渡行為は被告の強迫に基いてなされなものである。即ち、原告は、昭和十七年六月二日旧海軍火薬廠施設部から旧多賀城村役場を通じて同月四日午後一時まで印鑑を持参して旧多賀城国民学校に集合するよう通知を受けた。原告は同月四日印鑑を持参して他の土地所有者らとともに同国民学校に集合したところ、菊地主計大佐外数名の者は、原告らに対し、「太平洋戦争を遂行するため多賀城海軍工廠敷地として本件土地を含め一帯の土地を買収する。これに協力しないような者は非国民である」といつて強迫し、更に「太平洋戦争が終了し土地が不要になつたときは、買収原価で土地を売戻すことになるであろう。」と言明した。原告は右のように強迫され、且つ戦争目的終了して土地が不要になつたときは買収原価で売戻すというのでやむを得ず金七百二十円九十九銭で本件土地の買収に応じた次第である。

原告は昭和三十一年三月三十日にいたつて、右売渡の意思表示は強迫によるものであることを確知した。よつて本訴において前記売買の意思表示を取消す。

又仮りに前記売買契約を取消すことが許されないとしても、被告は、太平洋戦争が終了したとき買収原価である金七百二十円九十九銭で本件土地を原告に売戻す旨の再売買の予約をなしたことは前示の通りであり、昭和二十年八月十五日太平洋戦争は終了し、前記工廠は廃止され本件土地は不要となつたので、原告は昭和三十一年三月右特約に基き、被告に対し、本件土地について再売買完結の意思表示をした。従つて、右意思表示により本件土地の所有権は被告から原告に移転した。

よつて、若し前叙第一次的請求にして理由ないとしても、原告は被告に対し金七百二十円九十九銭を受領すると同時に、本件土地の上に建在する前記建物を収去して同敷地を明渡すべきことを予備的に請求する。

以上の理由により、本件土地に対する所有権は原告にあることが明かであるから、被告が右土地の所有権者であることを前提として原告に対しその所有権移転登記手続を求める反訴請求は失当である。

と述べた。

三、被告訴訟代理人は、本訴に対する答弁並びに反訴請求の原因として、

原告主張事実のうち、被告が昭和十七年頃から別紙目録(一)記載の土地上に別紙目録(二)記載の建物(ただし建物は各建坪三十七坪五合、附属物置一坪である)を建築、所有して現にその敷地を占有していることは認めるが、その他の主張事実は否認する。被告は昭和十七年六月四日原告から別紙目録(一)記載の土地を代金七百二十円九十九銭で買収し、昭和二十年十二月六日原告に対し右代金を支払つた。しかし原告は右所有権移転登記手続を履行しないので、その履行を求める。

仮りに右売買契約が原告主張のごとく被告の強迫に基くものであるとしても、その強迫の事情は同契約の締結と同時に止んだのであるから、原告の取消権はこの時から起算して五年を経過した昭和二十二年六月三日時効により消滅するにいたつた。

と述べた。

四、立証〈省略〉

理由

被告が現に別紙目録(一)記載の土地の上に別紙目録(二)記載の建物を所有して右土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

成立に争いない甲第五号証、証人森二良の証言により成立を認める乙第一号証の二、第三号証の三、証人板橋隆吉、諏訪徴外、伊藤栄、小野久蔵、角田正一、目黒胞治(第一、二回)、森二良、大沼弥一の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、旧海軍省は昭和十七年頃宮城郡多賀城村(現在多賀城町)地内に工廠を建設することを計画し、同年五月三十一日船岡海軍火薬工事々務所、勤務森二良、玉田技手ら数名の者を旧多賀城村に派遣し、買収予定地を測量し、旗を立ててその範囲を表示せしめ、同年六月三日右村役場を通じ原告ら買収予定地の所有者に対し、翌四日午後一時までに印鑑を持参して旧多賀城村国民学校に集合するよう通知した。右通知により、原告の父広之亮が原告の代理人として右国民学校に出頭した。そして佐々木海軍主計大佐ほか数名の係員は、同日の右国民学校の集会において、「太平洋戦争を遂行するため海軍工廠を建設することになつたので、旗をたてゝ標示しな範囲内の土地をその敷地として買収したいからこれに応じてもらいたい」旨説明してその売却方を申し入れたところ、関係土地所有者はいずれも右申入を承諾し原告の父は別紙目録(一)記載の土地を被告に売り渡すことを承諾し売渡関係書類に調印したこと、原告は昭和二十年十二月六日横須賀海軍施設部から本件土地買収代金として反当金七〇〇円の割で合計金七百二十円九十九銭を受領したことを認めることができる。

証人目黒胞治(第二回)および原告本人は、本件土地は前記測量の際には買収予定地の範囲内に含まれていなかつたにもかかわらず、被告において檀にこれを買収したように供述しているけれども、右供述は、前示のように原告が昭和二十年二月六日本件土地の買収代金を何ら異議なく受領している事実と対比すると未だ信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。従つて、本件土地につき昭和十七年六月四日原被告間において売買契約が成立したものといわざるを得ない。

原告代理人は、右売買契約は被告の強迫に基くものであるから、本訴においてこれを取消すと主張するので以下この点について判断する。

佐々木海軍主計大佐ほか数名の係員が買収予定地関係所有者に対し太平洋戦争を遂行するため海軍工廠を建設することになつたのであるから買収に応じてもらいたい旨説明したことは前示のとおりであり、右説明は暗に買収に応じない戦争非協方者は非国民であることを意味するようにも解され、関係土地所有者は永年住んできた土地を手放すに忍びず、さればといつて戦争遂行のためという大義名分に背けず、幾分窮地に陥つた事実があつたことはうかゞえるけれども、この事を以て直ちに強迫があつたものとはいうことはできない。その他前記佐々木海軍主計大佐らが若し買収に応じなければ生命、身体等に危害を加えるような言動を示す等強迫を加えたことを認めるに足りる証拠がない。

かえつて前掲甲第五号証、証人伊藤栄、小野久蔵の証言によれば、その席上には当時の旧多賀城村長も列席し関係土地所有者の中には前記海軍省係員に対し買収価格等ついて質問したり、買収価額算定方法につき色々要望した者があつたことを認めることができる。従つて、右売買を目して強迫による意思表示となし得ないもの、といわなければならないから、原告代理人の強追に関する主張は、採用することはできない。

次に、原告代理人は本件売買契約締結に当つては、被告において太平洋戦争が終了し本件土地が被告において不要となつたときは、買収原価をもつて本件土地を原告に売り戻す旨の特約がなされた、と主張するのであるが、証人板橋隆吉、伊藤栄、小野久蔵、目黒胞治(第一回)角田正一の誕言によれば、佐々木海軍主計大佐らが昭和十七年六月四日の多賀城国民学校の集会において、関係土地所有者らからの質問に答えて、太平洋戦争が終了して工廠敷地が不要になつたときは、これを元の所有者に優先的に払い下げるようにする旨説明したことは認められるが、それは、右各証拠に徴して明らかなごとく、売主側の質問に答えてなされたものであり、また売買代金等払下の要件につき何等触れるところがなかつたのであるから、単に買収した土地が将来不要となつた場合における一応の土地処分方針についての説明と解するのを相当とすべく、他に原告主張のごとき本件土地に関する再売買予約の成立を首肯せしめるに足る証拠がない。

したがつて原告代理人の再売買予約に関する主張は採用することはできない。

してみると、被告は昭和十七年六月七日原告から別紙目録(一)記載の土地を買受けることを約し昭和二十年十二月六日その代金を支払い現にその所有権を有しているものといわなければならないから、原告に右土地の所有権があることを前提とする原告の本訴請求はいずれも失当であるので、これを棄却すべきである。

そして、右土地が原告所有名義に登記せられていることは当事者間争ないところであるから原告は被告に対し、本件土地について、所有権移転登記手続を履行すべき義務があることは明らかであるのでその履行を求める被告の反訴請求は、理由あるものどしてこれを認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 渡蔀吉隆 磯部喬)

目録(一)(二)〈省略〉

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